鞘師里保さんのすごさについて知りたい方へ。元モーニング娘。のエースとして活躍した鞘師里保さん。彼女のパフォーマンスを見た人々は、なぜこれほどまでに「すごい」と感じるのでしょうか。その秘密は、幼少期から培われたダンススキルやモーニング娘。時代にグループを牽引した圧倒的な存在感、そしてつんく♂さんからの高い評価にあります。
また、彼女のキャリアはモーニング娘。卒業理由や17歳という年齢での決断、ニューヨークへのダンスと英語の留学、さらにはBABYMETALでの客演といった多岐にわたる経験によって、その「すごさ」をさらに深めています。マツコ・デラックスさんが天性のセンターと評した鞘師里保さんの魅力を、本記事では彼女の活動の軌跡やダンス、そして現在の活躍まで多角的に解説していきます。
鞘師里保の「すごさ」とは?天性の才能と揺るぎない評価
- 鞘師里保の「すごさ」の原点とは?幼少期から培われたダンススキル
- つんく♂が鞘師里保を歴代エースに評価した理由
- マツコ・デラックスも絶賛する鞘師里保の天性のセンターとしての魅力
- モーニング娘。時代に築き上げた鞘師里保の圧倒的ダンスパフォーマンス
鞘師里保の「すごさ」の原点とは?幼少期から培われたダンススキル
鞘師里保さんのパフォーマンスを見て「すごい」と感じる人は多いですよね。そのすごさの原点は一体どこにあるのでしょうか。それは彼女が幼少期から積み重ねてきたダンススキルと、それを育んだ環境に深く根ざしています。特に、アクターズスクール広島での経験は、彼女のダンスの土台を形成する上で非常に重要な役割を果たしました。
アクターズスクール広島での厳しいトレーニング
鞘師里保さんは、広島県東広島市で育ち、幼い頃からアクターズスクール広島に通い始めました。このスクールは、PerfumeさんやBABYMETALの中元すず香さんなど、数々の実力派アーティストを輩出していることで有名です。鞘師さんがダンスを始めたのは小学校入学前と言われていますから、本当に幼い頃からダンス漬けの日々を送っていたことが分かります。
アクターズスクール広島では、基本的な身体能力の向上はもちろんのこと、表現力やリズム感など、ダンスに必要なあらゆる要素を徹底的に指導されます。例えば、年2回行われる発表会や地域のイベントなど、本格的なステージを披露する機会が頻繁にありました。こうした実践的な経験を通じて、鞘師さんは技術だけでなく、観客に何を伝えるかという表現の本質を学び、磨いていったことでしょう。当時12歳でモーニング娘。に加入する直前までBクラスに在籍していたとの記録もありますが、これは実力者揃いのスクールの中で着実にステップアップしていった証拠でもありますね。
表現者としての目覚めとカルチャーショック
モーニング娘。に加入する前の鞘師さんは、アクターズスクール広島でダンスのスキルを磨くことばかり考えていたと、後に語っています。技術を向上させ、「うまくなりたい、一番になりたい」という一心で練習に打ち込んでいたそうです。しかし、モーニング娘。に加入し、経験豊富な先輩方と同じステージに立つことで、彼女のダンスに対する考え方は大きく変わりました。
当時の先生や先輩からは「主役は歌」「ダンスはあくまで歌を支えるもの」という教えを受け、鞘師さんは強いショックを受けたと振り返っています。これは、彼女にとってまさに「カルチャーショック」と呼べる経験だったことでしょう。技術だけを追求していたダンスから、曲の世界観をどう表現し、お客様にどう楽しんでもらうかという「表現」の本質に気づかされた瞬間だったのかもしれません。この気づきが、彼女のダンスに深みと情緒をもたらし、「人を惹きつけるもの」へと昇華させていったのではないでしょうか。13歳という若さでこのような本質的な部分に気づくことは、やはり天性の才能と言えるでしょう。
幼い頃から見せていた精神的な成熟
鞘師里保さんのすごさは、ダンススキルだけでなく、幼い頃から見せていた精神的な成熟にもあります。前述の「表現者としての目覚め」もその一つですが、モーニング娘。加入当時から、同年代のメンバーと比べて服装が大人っぽかったり、小物や文字の書き方にも精神年齢の高さがうかがえた、という話もあります。
これは、彼女が早くからプロ意識を持ち、自分の役割を深く理解しようとしていたことの表れかもしれません。例えば、モーニング娘。の9期メンバーとして加入が決まった際、小学6年生でありながら、東京での生活への憧れと同時に、グループの一員として歌い踊れることへの強いときめきを感じていたと言います。もちろん、上京後にはホームシックになるなど、年相応の感情もあったでしょう。しかし、それ以上に「エンタメに関わる者としてプロが集まる東京に行きたい」という強い意志があったことは、彼女が幼い頃から自身のキャリアに対して真剣に向き合っていたことを示しているのではないでしょうか。このような精神的な成熟が、彼女のダンスにも「女性らしさ」や「情緒」といった深みを与え、見る者を魅了する要因の一つになっているのだと思います。
アクターズスクール広島で基礎を築き、モーニング娘。で表現者として開花した鞘師里保さんのダンスは、技術だけではない、感情を揺さぶる力を持っていると言えるでしょう。
つんく♂が鞘師里保を歴代エースに評価した理由
つんく♂さんが鞘師里保さんをモーニング娘。歴代のエースの一人として高く評価していることは、ファンの間でもよく知られていますよね。後藤真希さんや高橋愛さんと並んで、鞘師さんの名前が挙がるのは、なぜなのでしょうか。彼女の在籍期間や実績だけを見れば、他のレジェンドメンバーに比べて短いと感じる人もいるかもしれません。しかし、つんく♂さんが評価するポイントは、単なる在籍期間や知名度だけではない、より本質的な部分にあるようです。
鞘師里保がもたらしたモーニング娘。の変革
つんく♂さんが鞘師里保さんを高く評価する大きな理由の一つに、彼女がモーニング娘。にもたらした変革があります。鞘師さんが9期メンバーとして加入した2011年頃、モーニング娘。は長年続いたプラチナ期の終焉を迎え、新たな方向性を模索している時期でした。グループの平均年齢も上がり、閉塞感が漂っていたと言われています。そんな中で、小中学生の9期メンバー、特にダンスと表現力で抜きん出ていた鞘師さんの加入は、グループに新しい風を吹き込みました。
彼女の加入が、モーニング娘。のその後の「EDM・フォーメーションダンス路線」を確立する上で不可欠だった、という声は非常に多いです。つんく♂さん自身も、鞘師さんや同じくダンスに定評のあった石田亜佑美さんのような、しっかりと歌いながらブレずに踊れるメンバーがいたことで、「こういうことをやりたい」というインスピレーションが湧いたのかもしれません。彼女がいなければ、現在のモーニング娘。を象徴するようなEDM系の楽曲や、緻密なフォーメーションダンスは生まれなかった可能性もあるのです。つまり、鞘師さんは単に優れたパフォーマーであっただけでなく、モーニング娘。の音楽性やパフォーマンススタイルを大きく転換させるきっかけを作った、まさに「新しいモーニング娘。を創り上げた存在」と言えるでしょう。
天性の素質と人を惹きつける魅力
つんく♂さんが鞘師里保さんを評価するもう一つのポイントは、彼女が持つ天性の素質と、人を惹きつける独特の魅力です。オーディションの段階で既に「頭一つ抜きん出ている」と評価されていたという話もあります。これは、単なるスキルだけでなく、アイドルとしてのオーラや才能を、つんく♂さんが見抜いていた証拠ではないでしょうか。
実際、ライブでの鞘師さんの表現力には多くのファンが感動させられました。彼女のパフォーマンスからは、力強さとしなやかさ、そして曲の世界観を伝える情緒が感じられ、「人を惹きつけるもの」を確かに持っていました。マツコ・デラックスさんも、「あなたは天性のセンターよ。別に気合入れなくても、おすまししているだけで、ダンスも歌も目が行くのよ、あなたに」と絶賛しており、そのカリスマ性は多くの人が認めるところです。
さらに、パフォーマンスの格好良さとは裏腹に、普段はどこかポンコツで可愛らしい一面があるというギャップも、彼女の人気を支える大きな要因でした。このような、見る者の心を掴んで離さない「エース感」は、計算して出せるものではなく、まさに天性の才能と言えるでしょう。つんく♂さんは、こうした彼女が生まれ持った「アイドルとしての資質」を高く評価していたのだと思います。
期待に応える力と未来への可能性
つんく♂さんが鞘師里保さんを歴代エースに数える理由には、「期待に応える力」と、そこから広がる「未来への可能性」も含まれているでしょう。モーニング娘。が低迷していた時期に、グループの人気を再燃させるために、つんく♂さんは後藤真希さんのような逸材を求めていたと言われています。鞘師さんは、その期待を裏切らず、センターとしてグループを牽引し、見事にその役割を果たしました。
わずか17歳での卒業という若さでしたが、彼女がモーニング娘。に在籍した約4年間で残した功績は計り知れません。グループを新たな時代へと導き、多くのファンを魅了しました。卒業後もダンス留学を経てソロアーティストとして活動し、BABYMETALのサポートダンサーとして世界を舞台に活躍するなど、その才能は多方面で開花しています。つんく♂さんは、彼女のモーニング娘。在籍時の貢献だけでなく、その後の活動によって証明される「鞘師里保という表現者の未来への大きな可能性」も、評価の対象として見ていたのではないでしょうか。彼女の存在が、モーニング娘。の歴史に新たな1ページを刻み、その後のグループの発展にも繋がったことは間違いありません。
マツコ・デラックスも絶賛する鞘師里保の天性のセンターとしての魅力
鞘師里保さんの魅力について語る上で、マツコ・デラックスさんが彼女を「天性のセンター」と絶賛したエピソードは外せませんよね。多くの方が鞘師さんのパフォーマンスを見て感じる「人を惹きつける力」を、マツコさんは的確に言い表してくれています。では、なぜマツコさんは鞘師さんにそこまでの魅力を感じたのでしょうか。
オーディションから見守り続けたマツコ・デラックスの視点
マツコ・デラックスさんが鞘師里保さんの才能を最初に見出したのは、モーニング娘。9期メンバーのオーディションだったそうです。彼女が選ばれたのを見て「これは立ち上がらなければならない」「モー娘。が変わるぞ」と感じたと語っています。これは、単なる一ファンの視点というよりも、長年芸能界で様々なタレントを見てきたマツコさんだからこその、鋭い洞察力によるものと言えるでしょう。
マツコさんは、鞘師さんが持つ類まれなダンスや歌のセンスを早い段階で見抜いていました。特に、アクターズスクール広島出身という背景も、彼女の実力を裏付ける要素として見ていたのかもしれません。多くの才能がひしめくアイドル界において、マツコさんがここまで特定のメンバーに注目し、その可能性を熱く語ることは稀なことです。これは、鞘師さんが持つ魅力が、一般のファンだけでなく、プロの目から見ても特別なものだったことの証明と言えるでしょう。
天性のセンターとしての素質とは
マツコ・デラックスさんが鞘師里保さんを「天性のセンター」と評したのには、具体的な理由があります。それは、「別に気合を入れなくても、おすまししているだけで、ダンスも歌も目が行く」という点です。これは非常に興味深い指摘ですよね。アイドルとして常に全力で笑顔を見せたり、前に出ようとアピールしたりすることが求められる中で、鞘師さんはそうした「押し」の強さとは異なる方法で観客の視線を引きつける力を持っていたということになります。
マツコさんは、鞘師さんの顔立ちが「小地味な方」と冗談めかして言いつつも、それでも彼女に目がいくのは「そういう人がセンターに立つべき人だから」と力説しています。つまり、表面的な華やかさや押し付けがましいアピールがなくても、内側から滲み出る才能や存在感によって、自然と中央に立つべき人だと認識させる力が、鞘師さんにはあったということです。これは、まさに生まれ持った資質であり、努力だけでは身につかない「天性のもの」と言えるでしょう。
唯一の「欠点」とそこから見える人間性
しかし、マツコ・デラックスさんは鞘師里保さんに対して、一つだけ「欠点」も指摘しています。それが「おすまししちゃうところ」。「私、別にそんなにやる気ないです、って、おすまししちゃうでしょうよ?」と、鞘師さんの達観した一面を指摘しました。これを聞いた鞘師さんが「えへへへへ…」と笑う場面も、彼女の人柄が垣間見えるエピソードですよね。
この「おすまし」という表現は、一見ネガティブに聞こえるかもしれませんが、マツコさんはそれが鞘師さんの「いいところ」だと理解しつつも、「もうちょっとやってくれたらなって思いで見てた」と語っています。これは、鞘師さんが持つ圧倒的な実力と、それを控えめに表現してしまう性格との間で、どこかもったいないと感じる部分があった、というファン心理にも近いのではないでしょうか。
しかし、この「おすまし」は、彼女のパフォーマンスにおける「冷静さ」や「落ち着き」にも繋がっていたと考えられます。感情的になりすぎず、常に楽曲全体やフォーメーションの中での自分の役割を冷静に見極めていたからこそ、モーニング娘。の複雑なフォーメーションダンスにおいて、その正確性と美しさが際立ったとも言えるでしょう。マツコさんの指摘は、鞘師さんの人間性やパフォーマンススタイルを深く理解しているからこその、愛情のこもったアドバイスだったのかもしれませんね。
鞘師里保さんの「天性のセンターとしての魅力」は、単なるビジュアルや歌ダンスの技術だけでなく、その内面から放たれる独自のオーラと、見る者を惹きつける不思議な力にこそあると言えるでしょう。
モーニング娘。時代に築き上げた鞘師里保の圧倒的ダンスパフォーマンス
鞘師里保さんの名前を聞いて、多くの方がまず思い浮かべるのが「ダンス」ではないでしょうか。モーニング娘。時代、彼女がステージで見せていたパフォーマンスは、まさに「圧倒的」という言葉がぴったりでした。グループのエースとして、そのダンスでモーニング娘。の新たな時代を切り拓いたと言っても過言ではありません。
フォーメーションダンスの中心を担う存在
2012年頃からモーニング娘。が本格的に取り組んだ「フォーメーションダンス」は、グループの代名詞とも言えるパフォーマンススタイルです。この複雑で緻密なダンスは、メンバー一人ひとりの高いダンススキルと、グループ全体の統一された動きが求められます。その中でも、鞘師里保さんは間違いなくフォーメーションダンスの中心を担う存在でした。
彼女のダンスは、正確さ、キレ、そしてダイナミックさを兼ね備えていました。特に、EDM(エレクトロニック・ダンス・ミュージック)系の楽曲における速いテンポや複雑なリズムにも、寸分の狂いなく対応する能力は目を見張るものがありました。見る角度によってメンバーの立ち位置が次々と変化し、まるで生き物のように動くフォーメーションの中で、鞘師さんは常にその核となり、グループ全体のダンスレベルを引き上げていました。振付師のYOSHIKOさんも、鞘師さんのような才能があったからこそ、あのような挑戦的なフォーメーションダンスが実現できたのかもしれませんね。
「技術」から「表現」への進化
鞘師里保さんのダンスのすごさは、単なる技術力の高さだけにとどまりません。彼女がモーニング娘。加入後に経験した「カルチャーショック」は、彼女のダンスを「技術」から「表現」へと進化させる大きな転機となりました。アクターズスクール広島で培った高いダンススキルに、モーニング娘。で学んだ「主役は歌」「ダンスはあくまで歌を支えるもの」という哲学が加わったことで、彼女のパフォーマンスはより深みを増していきました。
具体的には、楽曲が持つ世界観やメッセージをダンスでどう伝えるか、観客にどう楽しんでもらうかという視点を強く意識するようになったのです。例えば、激しいダンス曲では力強さと鋭さを見せつけながらも、バラードやミディアムテンポの曲では、しなやかさや情緒的な動きで歌詞の世界を表現しました。一つの楽曲の中でも、場面に応じて動きに緩急をつけ、感情を乗せたダンスを披露することで、観客の心を揺さぶるパフォーマンスを確立していきました。技術的なうまさだけでなく、見る人の心に訴えかける「情緒」や「雰囲気」をダンスで表現できるようになったことが、鞘師さんの圧倒的なダンスパフォーマンスの真骨頂と言えるでしょう。
夏まゆみ氏のダンス哲学の影響
モーニング娘。の振付師として長年活躍し、2023年にこの世を去った夏まゆみ氏のダンス哲学も、鞘師里保さんのパフォーマンスに大きな影響を与えています。夏まゆみ氏は「ダンスは曲の世界観を補完するものでしかない」という強いこだわりを持ち、ダンスレッスン中もメンバーにマイクを持たせて歌わせるなど、歌唱力を重視していました。彼女の口癖は「ダンスだけを切り離して考えても意味がない」だったそうです。
鞘師さんは、夏まゆみ氏から直接指導を受ける機会は限られていたものの、そのダンス哲学は彼女の心に深く刻まれていました。様々な表現に触れる中で、夏まゆみ氏の言葉の重みを改めて強く感じ、「表現者として絶対に大切にすべき教え」だと語っています。技術だけでなく、歌とダンスを一体のものとして捉え、楽曲全体を表現するという夏まゆみ氏の教えが、鞘師さんのダンスにさらなる奥行きを与えたことは想像に難くありません。
モーニング娘。時代、鞘師里保さんはただ踊るだけでなく、そのダンスによって楽曲に命を吹き込み、グループの新たな魅力を引き出していました。彼女の圧倒的なダンスパフォーマンスは、多くのファンを魅了し、モーニング娘。の歴史に深く刻まれています。
鞘師里保の「すごさ」が示すキャリアと進化の軌跡
- 17歳で下した決断と鞘師里保の卒業理由の深層
- ニューヨーク留学で磨かれた鞘師里保の英語力とコミュニケーション能力
- BABYMETALのステージで輝いた鞘師里保の唯一無二の存在感
- ソロアーティストとして進化し続ける鞘師里保の現在地
17歳で下した決断と鞘師里保の卒業理由の深層
鞘師里保さんがモーニング娘。を卒業したのは、なんと17歳という若さでした。絶頂期とも言える人気の中で下されたこの決断は、当時のファンに大きな衝撃を与え、その卒業理由については今でも様々な憶測が飛び交っていますよね。彼女自身が語ったことと、周囲の状況を合わせて、その深層を探ってみましょう。
突然の発表と公式な卒業理由
鞘師里保さんは2015年10月29日に、同年大みそかでのモーニング娘。卒業を発表しました。公式に発表された卒業理由は、「海外留学をして、新しい表現方法や、もっとスケールの大きい人間になりたい」というものでした。これは、アイドルとしてトップを走り続ける中で、自身の将来を見据え、新たな挑戦をしたいという彼女自身の強い意志によるものだと受け止められました。
実際に、彼女は卒業後、約2年間のニューヨークでの語学とダンス留学を経験しています。このことは、彼女が語った卒業理由が、単なる建前ではなく、真剣な思いから出たものであったことを裏付けていると言えるでしょう。17歳という若さで、安定した地位を捨てて海外に飛び出すという決断は、並大抵のことではありません。彼女の強い探究心と向上心がうかがえます。
エースとしての重圧とグループの変革期
公式発表とは別に、ファンや関係者の間では、鞘師里保さんの卒業には「エースとしての重圧」があったのではないかという見方が強くあります。モーニング娘。は、道重さゆみさんが卒業した後、鞘師さんが名実ともに単独のエースとしてグループを牽引していくことになりました。彼女のパフォーマンスがグループの顔となり、多くの期待が彼女一人に集中していたことは間違いありません。
このような状況は、まだ10代の彼女にとって、精神的にも肉体的にも大きな負担となっていた可能性は十分に考えられます。パフォーマンスに覇気が感じられない時期があった、喉の調子を崩し歌唱力が落ちたように見えた、というファンの声も当時からありました。本来であれば、グループ全体で分担すべき役割が、鞘師さんに一極集中してしまったことで、彼女個人のアーティストとしての成長にも「限界」を感じていたのかもしれません。
また、道重さゆみさんの卒業後、グループは新たなリーダーを迎え、12期メンバーが加入するなど、新たな変革期にありました。リーダーシップの体制やグループとしてのまとまりが、以前とは異なる状況になっていたことも、鞘師さんの卒業決断に影響を与えた可能性があります。特に、本来はセンターではなく2番手、3番手以降のダンスメンとして、もっと気楽にやらせてあげた方が良い人材だった、という見方もあります。期待が大きすぎたことで、その重圧に押しつぶされてしまった部分があったのかもしれませんね。
「隣の芝生は青い」という現実と新たな刺激への渇望
当時のアイドル業界では、AKB48さんや乃木坂46さんといったグループが台頭し、モーニング娘。とは異なるアイドル像を提示していました。鞘師里保さん自身も、多かれ少なかれ「隣の芝生は青い」と感じていた可能性はあります。異なる環境や表現方法があることを知り、新たな刺激を求めていたとしても不思議ではありません。
ニューヨーク公演をきっかけに海外への興味が湧いたという話は、彼女がグループの外に目を向け始めた具体的なきっかけと言えるでしょう。現地のファンとの交流で悔しい思いをしたことや、ミュージカル観劇で新たな芸術文化に触れた経験は、彼女の心に大きな変化をもたらしたはずです。このままアイドルとして活動を続けるだけでは得られない、新しい世界を見てみたいという思いが、卒業という大きな決断を後押ししたのではないでしょうか。
このように、鞘師里保さんの卒業理由は、彼女自身の成長意欲という前向きなものと、エースとしての重圧やグループを取り巻く環境の変化という、いくつかの要因が複雑に絡み合っていたと考えられます。17歳という若さで、自分の未来を真剣に見つめ、大きな決断を下した彼女の強い意志と探究心は、今も多くの人に尊敬されていますね。
ニューヨーク留学で磨かれた鞘師里保の英語力とコミュニケーション能力
モーニング娘。を卒業後、鞘師里保さんが選んだ道は、ニューヨークでの語学とダンスの留学でした。この約2年間の経験は、彼女のキャリアにおいて大きな転機となり、特に英語力とコミュニケーション能力を飛躍的に向上させました。アイドルという特殊な世界から飛び出し、異文化の中で得た学びは、彼女をどのように変えたのでしょうか。
ニューヨーク公演が留学のきっかけに
鞘師里保さんが海外で英語とダンスを学びたいと思ったのは、2014年のモーニング娘。ニューヨーク公演が大きなきっかけだったそうです。当時16歳だった彼女は、英語があまり得意ではなく、be動詞の位置すら分からなかったと語っています。公演では、メンバー全員が英語でスピーチをする機会があり、事前に練習したにもかかわらず、本番では緊張と興奮で言葉が真っ白になってしまい、悔しい思いをしました。
さらに、ライブ後の握手会では、現地のファンが簡単な英語で話しかけてくれたにもかかわらず、「Thank you」としか返せなかったことに、大きな後悔を感じたと言います。この経験が、「海外で英語を勉強してみたい」という強い気持ちに繋がり、現地コーディネーターの「今からやれば、間に合うよ」という言葉に背中を押される形で、留学を決意したのです。このエピソードから、彼女の負けず嫌いな一面と、新しいことへの挑戦意欲が強く感じられますね。
語学学校での苦労と克服
留学生活の最初のステップは、語学学校に通うことでした。鞘師さんはビギナークラスに入り、易しい英語を繰り返し聞くことからスタートしました。当初は英語が聞き取れず、分からない言葉があっても聞き返すことができずに落ち込む日々が続いたそうです。「分かったふりをして、相手に迷惑をかけてしまったこともあり、このままではいけない」と気づき、そこから意識を変えました。
それからは、理解できない言葉があったら、分かるまで聞き返すように心掛け、よく使う言い回しはノートに書きとめて、すぐに口に出せるように練習しました。こうした地道な努力の結果、留学して3カ月ほどが経った頃には、気持ちに余裕ができ、込み入った話もできるようになっていたと言います。ホームステイ先のホストファミリーからは、当初の「とんちんかんな英語」から成長したことを喜ばれ、「今はこういう話もできるのだから、英語がちゃんと身に付いたんだな」とうれしくなった、と振り返っています。
この経験は、彼女に「自分のペースを守ること」の大切さを教えてくれました。英語力へのコンプレックスを感じながら焦って話すのではなく、「ゆっくり話してほしい」と事前に伝えることで、お互いに楽しい時間を過ごせるようになったのです。これは、英語学習において非常に重要なポイントですよね。
ダンスレッスンと専門的な英語表現の習得
語学学習を修了した後は、念願のダンスレッスンに励みました。ダンスを習う上では、日常会話とは異なる、体の動きに関する専門的な英語表現が必要です。語学学校で学んだ英語だけでは不十分だと実感し、シチュエーションによって英語の使い方や意味が変わることを肌で感じながら、さらに英語力を磨いていきました。
特に、ニューヨークでのダンス留学では、基本的にストリートジャズのクラスを受けていたそうです。その時の恩師からは、「BUTAI」や「Simply Me」といった楽曲の振付を依頼するなど、ダンサーとしても高く評価されています。留学を通じて「ダンスに正解はない」ということを学び、揃えて踊ることだけでなく、オリジナリティやパッションを出すことの重要性を感じたと言います。海外のダンサーたちの放つパワーに感動し、パッションを大切にしつつ、アジア人ならではの繊細な踊りを一層重視するようになったのは、この留学経験が転機となっています。
留学で得た最大の財産とコミュニケーションの大切さ
鞘師里保さんは、留学をとおして英語だけではなく、「人と向き合ってコミュニケーションすることの大切さ」に気づいたと語っています。以前は人とのコミュニケーションに苦手意識があった彼女ですが、ニューヨークでは街中で知らない人同士が気軽に話しかけ合う文化に触れ、持ち物を褒め合ったり、スーパーの店員さんと日常会話を交わしたりする中で、自然なコミュニケーションの喜びを知りました。
特に、留学でできた友人の存在は、彼女にとってかけがえのない財産であり、帰国後も連絡を取り合うなど、英語学習のモチベーションにもなっています。こうした経験から、彼女は「何かの一員じゃないといけない」「仲間がいないと生きられない」という意識から解放され、「そうじゃなくてもいいんだ」と少しだけ解き放たれた感覚を得たそうです。
帰国後、ラジオ番組でゲストを迎える際も、「あなたのことをよく知りたいので、教えてください」という姿勢で語りかけることで、相手が心を開き、理解が深まっていくことを実感しています。このコミュニケーションスキルは、現在の女優業やソロアーティストとしての活動においても、彼女の大きな強みとなっていることでしょう。鞘師里保さんのニューヨーク留学は、単なる語学習得に留まらず、彼女自身の人間性を大きく成長させ、その後のキャリアを豊かにする貴重な経験となりましたね。
BABYMETALのステージで輝いた鞘師里保の唯一無二の存在感
モーニング娘。を卒業し、ニューヨークでのダンス留学を経て日本に帰国した鞘師里保さんが、次に世界中を驚かせたのが、BABYMETALのサポートダンサーとしての活動でした。2019年の世界ツアーにサプライズ登場した彼女は、その唯一無二の存在感で多くのファンを魅了しました。
サプライズ登場とBABYMETALの3人目問題
BABYMETALは、YUIMETALさんが脱退した後、長らくSU-METALさんとMOAMETALさんの2人体制で活動していました。しかし、2019年の世界ツアー METAL GALAXY WORLD TOURでは、日替わりで3名のサポートダンサーを迎える形がとられました。このうちの一人として、突如ステージに現れたのが鞘師里保さんです。
彼女の登場は、横浜アリーナでのBABYMETAL AWAKENS – THE SUN ALSO RISES -やイギリスのGlastonbury Festival 2019、さらにはポートメッセなごやでのBABYMETAL ARISES – BEYOND THE MOON – LEGEND – M -といった大舞台で観客を熱狂させました。ファンの間では、「3人目のダンサーは誰なのか」ということが大きな話題になっていましたが、鞘師里保さんのパフォーマンスは、その問いに対する最高の答えだったと言えるでしょう。彼女の加入により、BABYMETALのステージは再び3人体制ならではの厚みと迫力を取り戻し、世界中のファンを熱狂させました。
SU-METALとの深い縁と「物語性」の強化
鞘師里保さんがBABYMETALのサポートダンサーとして特別な存在感を放った背景には、SU-METALさん(中元すず香さん)との深い縁があります。二人は幼い頃、アクターズスクール広島の同門生であり、時にはライバルとして切磋琢磨した間柄です。スクール時代には「ダンスの鞘師、歌の中元」あるいは「天才・鞘師、怪物・中元」と並び称されることもありました。
この深い縁は、BABYMETALが持つ「物語性」をより一層ドラマチックにしました。BABYMETALの活動には、メタルレジスタンスやキツネ様といった独自のストーリーと世界観が存在しますが、SU-METALさんとMOAMETALさんのリアルな軌跡もまた、感動的な物語としてファンの間で語り継がれています。そこに、かつてのライバルであり、共にエンターテインメントの世界を目指した鞘師さんが加わることで、BABYMETALの物語はさらに深みを増し、ファンにとってより魅力的なものとなりました。単にダンスが上手いだけでなく、その背景にある人間ドラマが、鞘師さんの唯一無二の存在感を作り上げたと言えるでしょう。
世界を舞台にしたパフォーマンスで示した存在感
BABYMETALのステージは、日本国内にとどまらず、Glastonbury Festivalのような世界的な音楽フェスやUSツアーなど、数多くの海外公演で披露されます。鞘師里保さんは、こうした世界の大舞台で、圧倒的なダンススキルと存在感を遺憾なく発揮しました。モーニング娘。時代に培ったフォーメーションダンスの経験と、ニューヨーク留学で磨かれた表現力が融合し、BABYMETALの楽曲の世界観を力強く表現しました。
彼女のダンスは、重厚なメタルサウンドにも決して埋もれることなく、むしろその激しさを際立たせるようなキレとパワーがありました。BABYMETALの楽曲は、激しい振り付けが多いですが、鞘師さんはそれを完璧にこなしながらも、どこか上品で洗練された動きを見せていたと言われています。これは、彼女が持つ天性のセンスと、幼少期からの厳しいトレーニング、そして「ダンスは曲の世界観を補完するもの」という哲学が融合した結果と言えるでしょう。
また、世界中のファンを前に、臆することなく堂々とパフォーマンスする姿は、まさにプロフェッショナルそのものでした。モーニング娘。卒業後、一度芸能活動から距離を置いたにもかかわらず、再び世界の舞台で輝きを放つ鞘師さんの姿は、多くの人々に感動と勇気を与えました。BABYMETALのサポートダンサーとしての活動は、鞘師里保さんの多岐にわたる才能と、唯一無二の存在感を改めて世界に知らしめる貴重な機会となったのです。
ソロアーティストとして進化し続ける鞘師里保の現在地
BABYMETALでの活躍を経て、本格的に芸能活動を再開した鞘師里保さんは、現在、ソロアーティストとして自身の音楽表現を追求し、日々進化を続けています。ダンス、歌、そして表現力。これまでの経験をすべて糧に、彼女はどのような活動を展開しているのでしょうか。
芸能活動再開とソロアーティストとしての船出
鞘師里保さんは、2020年9月にジャパン・ミュージックエンターテインメントに所属し、芸能活動を再開することを発表しました。この発表は、彼女の復帰を待ち望んでいた多くのファンにとって、まさに待望のニュースでした。そして、2021年8月4日には、自主レーベルSavo-r(セイバー)を設立し、ソロ初のEP DAYBREAKをリリース。本格的にソロアーティストとしての活動をスタートさせました。
ソロデビュー後の彼女は、作詞活動にも積極的に取り組んでいます。2021年以降の楽曲は、共作詞を含め全て作詞を担当しているそうです。以前は自分の感情を表に出すことが苦手だったと語る彼女にとって、作詞は自己表現の大切な手段となっています。試行錯誤しながらスタッフに歌詞を提出し、すぐに送信を取り消すことを繰り返す、というエピソードからも、彼女の真摯な創作活動への姿勢がうかがえます。
表現の幅を広げる音楽スタイルとライブ活動
ソロアーティストとしての鞘師里保さんは、これまでのアイドル時代のイメージをさらに超え、多様な音楽スタイルに挑戦しています。特に、2022年11月16日にリリースした3rd EP UNISONでは、海外でも活躍する作家陣を迎え、本格的なダンスミュージックに特化しました。彼女の得意とするダンスパフォーマンスを最大限に活かせる楽曲制作に取り組んでいることが分かりますね。
ライブ活動も精力的に行っています。2022年1月には、自身初のツアーRIHO SAYASHI 1st LIVE TOUR 2022 Reflectionを東京、大阪、広島で開催。その後も、Zepp Hanedaを皮切りに全国ツアーRIHO SAYASHI 2nd LIVE TOUR 2022 UNISONや、Billboard Liveでの公演を重ねています。2025年には、SUPERNOVA KAWASAKIやMAO LIVEHOUSE SHANGHAIなど、日本と上海でのライブツアーRIHO SAYASHI 4th Live Tour 2025 Symbolizedが予定されており、海外での活動も視野に入れていることがうかがえます。
| ツアー名 | 開催年 | 主な開催地 |
|---|---|---|
| 1st LIVE TOUR 2022 Reflection | 2022年 | 東京、大阪、広島 |
| 2nd LIVE TOUR 2022 UNISON | 2022年 | 東京、名古屋、福岡、広島 |
| Billboard Live 2023 | 2023年 | 大阪、神奈川 |
| 3rd LIVE TOUR 2023 whynot? | 2023年 | 東京、北海道、愛知、福岡、広島 |
| Billboard Live 2024 | 2024年 | 神奈川、大阪 |
| 4th Live Tour 2025 Symbolized | 2025年 | 神奈川、上海 |
| 5th Live Tour 2025 | 2025年 | 宮城、北海道、大阪、東京、熊本、福岡、石川、広島 |
女優業や振付師としての新たな挑戦
ソロアーティストとしての活動と並行して、鞘師里保さんは女優としても活躍の場を広げています。ドラマや舞台、ミュージカルなど、様々なジャンルに挑戦し、表現者としての深みを増しています。例えば、2020年のあのコの夢を見たんです。第10話でのヒロイン役や、2023年のワタシってサバサバしてるから、俺の美女化が止まらない!?、推しを召し上がれ〜広報ガールのまろやかな日々〜といった連続ドラマへの出演は、彼女の演技の幅広さを示しています。
| 発表年 | 媒体 | 主な出演作 |
|---|---|---|
| 2020年 | ドラマ | あのコの夢を見たんです。第10話 |
| 2021年 | ドラマ | アノニマス〜警視庁 指殺人対策室〜第3話、第5話、第7話 |
| 2022年 | ドラマ | 俺の可愛いはもうすぐ消費期限!? |
| 2023年 | ドラマ | ワタシってサバサバしてるから、俺の美女化が止まらない!? |
| 2024年 | ドラマ | 推しを召し上がれ〜広報ガールのまろやかな日々〜 |
| 2020年 | 舞台 | 音楽朗読劇 黒世界 |
| 2022年 | 舞台 | スルメが丘は花の匂い |
| 2024年 | 舞台 | らんぼうものめ |
| 2025年 | 舞台 | デスノート THE MUSICAL |
さらに、2024年にはAKB48劇場公演の振付を担当し、振付師としてもデビューしました。これは、ニューヨーク留学で学んだ「ダンスに正解はない」という哲学や、オリジナリティとパッションを重視する姿勢が、後進の育成にも活かされている証拠と言えるでしょう。モーニング娘。時代から培ってきたダンススキルと、多様な経験を通じて得た表現力を、様々な形でアウトプットし続けているのが、鞘師里保さんの現在地です。
ソロアーティストとして自身の音楽を追求し、女優として新たな役柄に挑戦し、さらには振付師として後進を指導するなど、鞘師里保さんの進化は止まりません。彼女が今後どのような表現を見せてくれるのか、ますます目が離せませんね。
鞘師里保の「すごさ」を紐解く:天性の才能と進化の軌跡
- 鞘師里保は幼少期からアクターズスクール広島でダンススキルを培った
- モーニング娘。加入後、ダンスは歌を支える表現であると認識を深めた
- つんく♂は鞘師里保を後藤真希、高橋愛と並ぶ歴代エースの一人として評価している
- 鞘師里保の加入がモーニング娘。のEDM・フォーメーションダンス路線確立に不可欠だった
- マツコ・デラックスは鞘師里保を「天性のセンター」と称し、その存在感を絶賛した
- 鞘師里保はモーニング娘。時代にグループのエースとして圧倒的なダンスパフォーマンスを見せた
- 夏まゆみ氏の「ダンスは曲の世界観を補完する」という哲学が鞘師里保の表現に影響を与えた
- 17歳でのモーニング娘。卒業は、海外留学への強い意思とエースとしての重圧が複合したものであった
- ニューヨーク留学は英語力とコミュニケーション能力を飛躍的に向上させる転機となった
- 留学中に「ダンスに正解はない」ことを学び、オリジナリティとパッションを重視するようになった
- BABYMETALの世界ツアーにサポートダンサーとしてサプライズ登場し、その唯一無二の存在感を示した
- アクターズスクール広島時代からのSU-METALとの縁がBABYMETALでの存在感をさらに特別なものにした
- 2020年9月に芸能活動を再開し、ソロアーティストとして自身の音楽表現を追求している
- 自身で楽曲の作詞も手がけ、感情を表現する新たな手段としている
- ソロ活動では女優業や振付師としても挑戦を続け、表現者としての幅を広げている

